2013.12.27

クリスマスイブ〜僕と“彼女”とYさんと

Yさんは僕が上京してから最初に出来た友人だった。僕より2つ年上だったYさんは、それを全く感じさせないくらい無邪気で陽気な人だった。誰一人知り合いのいなかった初めての東京暮らし。不安と戸惑いでいっぱいだった田舎者の僕にYさんは気さくに話しかけてくれた。それは僕にとって、とても嬉しくありがたいことだったし気分的にも随分と助けられた。とにかく人なつこい性格で、誰とでもすぐに打ち解けることが出来る。かといって、自分が先頭に立ちたがったり、自分の意見を押し通すことも無かったから、一緒にいてとても気持がいい。例えればサーカスにいるピエロを想像してもらえれば分かりやすいかも知れない。
その反面、性格的にはすごく弱い部分もあった。ちょっとしたことでもすぐに自虐的になったり、やけ気味になってしまうことも多かった。そんなときでも、雰囲気を険悪にするようなことは絶対に無くて、むしろそんな自分をネタにして周囲を無理にでも笑わせようとする。僕はそんなYさんを見るたびに、そこまで自分を犠牲にしなくてもいいのに、と思うことがあった。サーカスのピエロだって、面白おかしく周囲を笑顔にしているように見えて、心の中では「やってられないよ」とか毒づくこともあるだろう。虚しさに涙することだってあるだろう。

これから話す出来事の少し後のことになるのだが、一度、Yさんが半年近く失踪し行方不明になってしまったことがある。失踪する直前に立ち寄った場所が僕が住んでいたアパートだったこともあって、多くの人にそのときの様子を聞かれた。でもそのときのYさんには特に変わったことは無かった。いつも通りの明るく楽しいYさんだった。ちょうどそのとき、Yさんはある会社に就職したばかりで精神的にプレッシャーを抱えていたらしく、それが原因だろうということになった。半年後、何も無かったかのようにYさんは姿を現した。バイトをしながら各地を放浪していたという。途中で体験したいろいろな出来事を楽しく話してくれるYさんを見ていると、僕は失踪の理由を詳しく聞き気にはならなかった。無事にいてくれればそれでいい、Yさんの気が済めばもうそれでいいと思うしか無かった。

僕とYさんが出会った年の暮れ、僕たちはとあるきっかけで女性3人組と知り合いになった。僕は当時、Yさんともうひとりの友人と3人で行動することが多かった。Yさんはその中で唯一の東京出身(といっても千葉県だったが)で実家暮らしだったが、他は女性3人組も含めてすべて地方出身者だった。僕たちは意気投合し、そこからグループ交際のような付き合いが始まった。
その女性グループの中の一人に“彼女”はいた。“彼女”は決して美人というタイプでは無かったが、長い髪が印象的な優しくおっとりとした性格の人だった。皆が騒いでいるときにも、それをそっと見守っているかのように微笑んでいる、そんな感じの人だった。居酒屋の座敷に上がり込んでも、一番最後に残って上がり口に散乱する靴をそっと揃えたりするのも“彼女”だった。
Yさんが“彼女”に好意を持ったのは僕にもすぐ分かった。Yさんは会話のときは相手を自分のペースに引き込むのが得意だが、好きになった相手には一転して口数が少なくなる。また、以前にも“彼女”のような気配りのできる女性を好きなったことがあったからだ。
“彼女”なら、Yさんのことも優しく包み込んでくれる。性格的な弱さも含めてYさんの良きパートナーになってくれるんじゃないだろうか。そう確信した僕はもう1人の友人とも相談して、Yさんと“彼女”との距離を縮めようと画策した。飲み会の席ではわざと二人を隣同士にさせてみたり、ひやかしてみたりと、他愛もないことだったが“彼女”もまんざらではないように見えた。これは大いに脈がある。僕たちは何だかんだと理由を付けて二人を店から追い出した後、「きっとお似合いだよ」と“彼女”とYさんの仲がうまくいくことを願った。

クリスマスイブを間近に控えたある夜のこと。僕たちはクリスマスパーティーをやろうと決めて、女性3人組の行きつけのお店に集まった。それぞれに買っておいたプレゼントをくじ引きで交換したり、カラオケで盛り上がったり、楽しい時間が過ぎていく。いつもなら一歩控えていることの多い“彼女”も、その夜は随分と進んで騒ぎの輪の中に入ってきた。騒ぎの中心になるのは大抵Yさんなのだが、“彼女”の方からも積極的にYさんに絡んでいるように見えた。それは二人の関係が順調だということだし嬉しいことではあるのだが、実をいうと僕はいつもとは違う“彼女”のはしゃぐ姿に少し違和感を覚えていた。そのはしゃぎ方には、何か嫌なことを忘れたい、吹っ切りたい、という悪く捉えれば「ヤケ」になっている印象が少なからず見えたからだ。できれば勘違いであって欲しい、Yさんのためにも。
そうこうしている内に、終電の時間を過ぎてしまった。女性3人組のリーダー格だった人が一人暮らししているマンションがすぐ近くにあった。とりあえずそこでお茶でもしようよ、という話になった。深夜に女性の一人暮らしの部屋に上がり込むのはどうか、とも思ったが別に1対1では無いし、始発電車が動くまで少し酔いを覚まさせてもらえれば、という気軽な思いで僕たちはマンションへ向かった。ところが僕はいつもより少し飲み過ぎていたのかどうか、部屋に入るなり急激な睡魔に襲われ、“彼女”が用意してくれた紅茶に手を付けることもなく、リビングで倒れるように寝込んでしまった。

どれくらい時間が過ぎたのかは分からない。僕は重い頭のまま目を覚ました。リビングは電気が消えて真っ暗だったが、周りで数人の寝息が聞こえる。そのマンションにはリビングルームとダイニングルームの2部屋があり、フスマで仕切られている。フスマの隙間から光が漏れているのが見えた。どうやらダイニングに誰かいるようだ。しかも話し声らしきものが聞こえてくる。僕はダイニングに向かおうと体を起こしたのだが話し声の主が誰だか分かった瞬間、固まってしまった。話し声の主はYさんだった。そして話の内容からすぐに相手は“彼女”だと分かった。
決して盗み聞きをしようなどと思ってはいなかった。もう一度眠ってしまおうとも考えた。しかし、そう思えば思うほど頭は冴えてくるばかりで、会話が手に取るように聞こえてきてしまう。Yさんは“彼女”に自分の気持を打ち明けていたのだ。
「自分は君にどう思われているか分からない、でも君の正直な気持を知りたい」
ひとしきり話した後、Yさんは“彼女”にこう問いかけたようだった。
しばらく時間を置いて“彼女”はぽつりぽつりと喋り始めた。それは、Yさんにとっても、いや僕にとっても信じたくない話だった。
実は現在、交際している男性がいる。10歳年上で、“彼女”が働いている会社の上司。その男性には妻子がいる。男性は“彼女”と同じ九州の出身、女性関係を含めて私生活には随分とだらしない性格のようで、“彼女”ともケンカが絶えないらしいが、お互いに別れと仲直りを繰り返しながら2年が過ぎている。そして、このことは誰にも話せていない。
Yさんは途中で“彼女”の話を遮るように
「そんなこと、君が傷つくだけだ」
「でも、彼は家庭を捨てると言ってる」
「そんな話、信じられないよ。それにそこまでしてこの先、うまくいくわけがない」
「でも私がいないと彼は駄目になる」
「じゃあ、オレはどうなるんだ」
Yさんの声は悲鳴に近かった。
そして長い沈黙。やがて“彼女”のすすり泣きの声が聞こえてきた。
しばらくして席を立つ椅子の音、玄関で靴を履く音、ドアを開ける音、ドアが閉まる音。“彼女”のすすり泣きは続いている。Yさんが部屋を出ていったであろうことは容易に想像できた。このまま何も知らなかったことにして朝まで寝たふりをするべきか、僕は悩んだ。さっき聞いたばかりのYさんの悲鳴が耳に蘇ってくる。出会ったばかりの頃、気さくに話しかけてくれたYさん。僕の故郷での話を熱心に聞きたがってくれたYさん。いろんなシーンでのYさんの姿が頭をよぎる。
僕は思いを決めて立ち上がり、ダイニングへのフスマを開けた。“彼女”は驚いたようにテーブルにうつ伏せていた顔を上げる。黙ったままの僕の顔を見て、“彼女”はすべてを察したようだった。
「私、Yさんのこと…」
僕はできる限りの精一杯の笑顔をつくると
「Yさんなら、大丈夫だから」
そう言い残して玄関へ向かった。
ドアを開けると12月の冷たい空気が頬を打つ。廊下を進むと1階で止まったままのエレベーターを呼び、それに乗り込みマンションのエントランスに降りた。道路を見渡すと、少し先をYさんが背中を丸めて歩いているのが目に入った。僕はわざと靴音を響かせてYさんの後を追う。Yさんは一瞬驚いて振り返ったが、すぐに前を向いてそのまま歩き続ける。僕は少し迷ったが思い切って
「悪いとは思ったけど、聞こえちゃったんだ、話」
「そう」
Yさんは何事も無かったかのように答えた。そして誰に聞くともなく呟く。
「あんな話をして、“彼女”は引き止めて欲しかったのかな、引き止めるべきだったのかな」
もういいじゃないか、それは“彼女”の決めること。そう思う込むしか無かったが、Yさんには言えなかった。それに女心の真実なんてものを理解するには、僕はあまりにも野暮な人間だった。今はせめてYさんのそばにいてあげることぐらいしかできない。
「当分、立ち直れないな」
Yさんは石ころを蹴飛ばしながら笑った。
もうすぐクリスマスイブか、そう考えると思い出したように頭のどこかで山下達郎「クリスマスイブ」のメロディが流れ出す。
きっと君はこない ひとりきりのクリスマスイブ
心深く秘めた想い かなえられそうもない
しかしきっついなあ、この歌詞は。僕は苦々しい思いで空を見上げる。心の中に白い粉雪が静かに舞い降りてくるような気がした。

この話、前々回に書き込んだ「番頭さん」のエピソードとは違って、すべてが事実では無い。実はところどころ話を盛ってある。しかし、Yさんも“彼女”も実在の人物だし、あの夜に“彼女”から聞いた話もほぼそのままである。そしてこの出来事の少し前に山下達郎さんの「クリスマスイブ」がシングルレコードとして発売されている。そのときは今も歌い継がれる曲になるとは想像もしていなかったし、こうしてあの出来事を文章にすることになるとは思ってもいなかった。
しかし、街が華やかなイルミネーションに飾り付けられ、あのメロディが流れ始める季節になるとどうも感傷的な気分になってしまうのは何故だろう。あれから30年、名曲の輝きはいつまでも色あせないけれど、時の過ぎるのは相変わらず早過ぎる。
というわけで年内最後の書き込みはこれにて終了、お付き合い頂いた方にはいつもながら感謝です。次回はいよいよ「あのアイドルグループ」の話題を取り上げてみる。あのグループ、話のネタが実に豊富だし、とにかく面白過ぎる。ぜひご期待のほど、よろしくです。ではでは皆様方、よいお年をお迎えくださいませ〜。

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